アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「とっておきの一冊」No.3

『わたしは石のかけら もうひとつの田中正造物語』

田中正造翁は、道端の、あるいは河原の小石に目をとめて立ち止まり、腰をかがめてそれを拾いあげ、手のひらにのせて言いました。

「きれいだね。美しいよ。輝いているよ」と。

しばらくして、いつも持ち歩いている袋の中に収めました。

正造翁は、一つの小石の中に自然の営みを見ていました。――天からの雨は、木々の一枚一枚の葉先にたまり、それが地上に落ちて細い流れとなる。その流れはさらに下り、やがて平地に出て大きな流れになっていく。その流れに山の小石も流される。あるいは大雨で山の水が溢れ、山を崩して岩を押し流す。砕けた岩はやがて小さな石となり、長い時間をかけて角もとれて丸味をおびてくる。そしてさらに下流へ運ばれ、人々の目にとまる――。

この水の一滴のしずくの働きは、自然界のことであると同時に、人々の歴史とも重なります。翁自身の人生とも重なります。とうとうと流れる川があって、正造翁の拾い上げた石があるのではないかと思います。その小石につぶやかせてみたかったのです。

“わたしはかけら石のかけら”

翁に拾われた小石は翁自身であり、翁の歩みとも重なるのです。そう思ったとき、このお話を書こうと決めました。

(越川栄子/《あとがき》より)


鉱毒に苦しめられた農民漁民たちのような、虐げられた人たちは、残念なことに現代にもたくさんいる。彼らを救わなければならない。そうは思うのだけれど、田中正造のようにはなかなか行動できない。それでも、田中正造は特別な人だから、とつぶやいておしまいにはしたくない。何かしなくてはならない。

だから、この絵本は作られた。同じ思いを抱く、誰かに届くといいなと、切に思う。

(横松心平/《解説》より)


書籍情報

・書籍名:『わたしは石のかけら もうひとつの田中正造物語』

・文:越川栄子 絵:やまなかももこ

・発行所:有限会社 随想舎

 〒320-0033 栃木県宇都宮市本町10-3 TSビル

 TEL:028-616-6605 FAX:028-616-6607

 E-mail. info@zuisousha.co.jp

 振替:00360-0-36984

・価格:本体1,000円+税

・発行日:2018年2月1日

・ISBN978-4-88748-353-8

越川栄子(こしかわ・えいこ)

栃木県生まれ。県立宇都宮女子高等学校、宇都宮大学学芸部卒。小・中学校の教師となる。

著書『20代の斎藤喜博』『鮭は帰ってきた』(ともに一莖書房)、『復刻版 義人田中正造翁』ほか。

 

やまなかももこ

1977年、栃木県生まれ。女子美術大学デザイン科卒。画家・イラストレーター。

主な作品に『酪農家族1.2.3』(河出書房新社)、「いのちの絵本」シリーズ(くもん出版)、『俵万智3・11短歌集 あれから』(今人舎)、『ぼくと戦争の物語』(フレーベル館)など。